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2018-11

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6月の事務局だより

5月13日 町屋文化センターで漢字勉強会がありました。講師は創玄書道会の種家杉晃先生で、今回は木簡を勉強しました。
参加者は25名で、まず半切3分の1に石飛先生のお手本を4字づつ書いていきました。木簡は紀元前1世紀から3世紀ころ、まだ紙が普及していない頃の書類みたいなもので、書いた人も特に能書家ではない人だそうです。字の技法としては上手ではないけれども、そのおおらかさ学ぶのだそうです。漢字といえば階・行・草・隷が一般的で、参加者も木簡はほとんど勉強したことはありませんでしたが、漢字かな交じり文のように自由さがあり楽しそうに勉強していました。

鳩居堂画廊では6月5日から舘山佳央先生の個展、6月26日からは清和書道会70周年記念展、7月17日からは和蓉会書展と立て続けに展覧会があいます。ちょうど毎日書道展と重なり毎日展の係の先生は両方の掛け持ちで大忙しです。無事盛会のうちに終わってほしいものです。

(植村 正記)
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4月の事務局だより

4月1日、町屋文化センターで毎日書道展下見会がありました。参加者は61名で、毎日書道展の作品〆切まで2週間になり、最後の仕上げを迎えて予想以上の参加者がありました。作品を見ていただいたのは、楢原副会長、小林常任理事で、藤倉常任理事が、批評のおわった人に作品の構成や線の潤渇、筆使いなどを具体的に説明されました。

4月15日は、当会本部における毎日書道展の作品〆切日でした。今年の出品点数は昨年よりも多く、U-23も昨年より倍以上となり、高齢化が進むなかにあって朗報でした。また当会の毎日展懇親会の出席者予定者は100名近くになると思われます。
今年は毎日書道展も清和書道会も70年目という節目の年でもあり、よい結果であってほしいものです。

(植村正記)
                         

毎日展下書会が開催されました

3月11日 中央区立産業会館で毎日展下書会が開催されました。参加者は54名で、広い会場がいっぱいになりました。先生方の添削は午後からなのですが、会場は9時から使用できるため、開場と同時に多くの人が熱心に自主練習を行っていました。

講師は、今年の当番審査員である楢原先生と小林先生の他、加島先生と染谷先生に担当して頂きました。添削時間は午後1時~4時の予定でしたが、1時間ほどオーバーし、閉場時間ぎりぎりの午後5時近く終了となりました。毎日展への皆さんの意欲が見られる下書会となりました。

4月1日には町屋文化センターで下見会があり、4月15日の〆切日に向けて作品作りのラストスパートとなります。

(植村正記)

冬季練成会が開催されました

2月12日~13日 江東区夢の島にある東京スポーツ文化館において、冬季錬成会が行われました。参加者は2日間参加宿泊、2日間参加通い、どちらか1日だけ参加を選ぶことができ、合計54名の方が参加されました。

清和誌の漢字条幅および漢字かな交じり文のお手本を石飛先生に書いて頂いていますが、勉強のために書いているところを見せて頂けるとのことで、2月12日の午後、石飛先生と漢字かな交じり文の講評をして頂いている種家先生においで頂き、平成30年度のお手本を冬季錬成会の会場で書いていただきました。

参加者は2班に分かれ先生の揮毫を拝見しました。先生はお使いになっている筆の説明をされた後、ユーモアを交えて揮毫されましたが参加者の多くは漢字の先生の揮毫を拝見する機会が少ないので大いに参考になったと思います。

2月13日の午後から今回の錬成会で作成した作品を5人の講師の先生に批評していただき、無事終了しました。来年の冬季錬成会も、東京スポーツ文化館が予約出来たので、2月にこの会場で行う予定です。

植村 正 記

和堂先生の手鑑

今年の清和書展の特別展示のテーマは「写経」とし、和堂先生が収集・作成した手鑑「筆陳」の裏面の写経部分、西蔵の貝葉経、老子道徳経、宋時代の木版経等を展示しました。

テカガミ1

ついでに、正倉院御物になっている天平時代の墨や筆の複製品も飾ったところ、本物と間違える人がいるからその旨書いておくべきだとの意見が出ました。そこで説明用タグに「模造品」と追記したところ、印象が悪いとまたクレームがついたので「複製品」と書き改めました。模造品も複製品も同じ意味ではないか、と多少抵抗を試みたのですが、印象が全然違うと言われました。確かに英訳すると模造品は「イミテーション」、複製品は「コピー」ですから、だいぶ印象は違いましょうかね。

平家納経の複製品も飾ったのですが、流石に国宝の平家納経がこんなところに飾られるはずがないと皆さん納得されたのか「複製品と書いておけ」とのクレームは起きませんでした。

桃山時代以降の茶の湯の流行で、床の間に飾るため古筆や古写経の断簡が愛好されるようになりました。収集したこれらの古筆や古写経を手軽に鑑賞できるように折帖に貼り込んだものが「手鑑」で、慶長八年に発行されたポルトガル人編纂の『日葡辞書』にも載っているそうです。

「翰墨城」(MOA美術館蔵) 「藻塩草」(京都国立博物館蔵) 「見努世友」(出光美術館蔵)は俗に三大手鑑と呼ばれており、これらと陽明文庫の「大手鏡」の四点が国宝に指定されています。

手鑑に貼る古筆や古写経の配列の順序は大体決まっていて、天皇家の勅筆、親王・宮家、公家、名人、高僧と言った具合に位の高い者順に並べられました。誰が書いたのかわからない古筆では扱いに困るので、遮二無二筆者を割り付けて「伝だれそれ」とポジショニングされました。聖武天皇宸筆と伝えられる雄健な「賢愚経断簡(大聖武)」や光明皇后の優美な「鳥下絵切れ」は特別珍重され、手鑑の巻頭を飾ることが多かったようです。

「賢愚経断簡(大聖武)」
テカガミ2

「鳥下絵切れ」
テカガミ3


江戸の歌人津村正恭は随筆集『譚海』の中で「手鑑のはじめは聖武天皇と光明皇后の御筆を並べて貼ること」と言い切っています。

和堂先生も古筆・古写経の収集には人一倍ご執心でした。昔々古筆収集の先輩飯島春敬先生に「千円の古筆を五枚あつめるより、五千円の古筆を一枚買うようにとリコメンドされた」と言っていました。こうして集めた古筆・古写経の断簡を手鑑に仕立てることを思いついたらしく、中古の折帖を買ってきて、経師屋に我が家に来てもらい手鑑作りを始めたようです。人伝に聞いた話なのですが「筆陳」というのは和堂先生がつけたネーミングではなく、偶々買ってきた中古の折帖の表紙にそう書かれてあったのでそのまま引き継いだのだそうです。

「筆陳」の特徴は古写経切れの比率が高いことです。92点中59点が古写経切れで、全体の64%を占めています。従って大方の手鑑は古筆切れも古写経切れも区別せずに偉い人順に貼り込んでありますが、「筆陳」は片面に古筆、裏面に古写経と分別して貼ってあります。そのため聖武天皇の「大聖武」は、裏面の巻頭を飾っています。今回の清和展では、この古写経側の面を展示に供しました。

一面の主な古筆切は「高野切第一種」「本阿弥切」「紙撚切」「通切」「大内切」「円山切」「村雲切」「竜山切」「八幡切」二面の主な古写経切は「大聖武」「飯室切」「五月一日経」「国分尼寺経」「二月堂焼経」「安倍小水麿願経」「清衡願経」「平頼盛厳島願経」
ある門人の方が、中に貼りこんである「本阿弥切れ」を見せて欲しいと頼み込んだとき「見せると減るんだけれども、いいよ。見に来なさい。」といったという話を聞きました。「見せると減る・・・」とは随分とケチな言い分のようですが、「本阿弥切」は料紙に胡粉を塗った上に文字が書いてあるので、何回も折帖を開閉すると本当に文字が剥がれて減るのだそうです。和堂先生はそうはいいながらも多分、頼まれると嬉々として見せていたのだろうと思います。

本阿弥切れ
テカガミ4


(植村 齊記)

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清和書道会は、書道の研究と普及を目的として、昭和24年に書家の植村和堂によって創設された書道会です。清和書道会HPはこちら

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